大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1021号 判決 1976年4月13日

控訴人

野内フク

右訴訟代理人

小原一雄

外二名

被控訴人

合資会社春日商事

右代表者

浅井秀嗣

右訴訟代理人

加藤弘文

外一名

被控訴人補助参加人

吉川カネ

外一四名

右一五名訴訟代理人

高木善種

主文

本件控訴を棄却する。

当審における新たな請求を棄却する。

控訴費用は、参加によつて生じたものを含め、すべて控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人との間で被控訴人が原判決別紙目録記載の土地及びその仮換地(藤沢市藤沢字東横須賀六九の二の二宅地532.23平方米(161坪))につき借地権を有しないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び当審における新たな請求として「被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙目録記載の土地の仮換地上に存する木造角波亜鉛鉄板葺モルタルリシンガン吹平家建店舗床面積483.89平方メートルの仮設建物を収去して右土地を明け渡せ。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴につき控訴棄却の判決及び当審における新たな請求につき請求棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に付加、訂正、削除するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。<以下略>

理由

一控訴人が本件土地の所有者であり、被控訴人が右土地上に旧建物を所有してこれを占有していたこと、旧建物は昭和三三年八月一〇日の火災により焼失したため、被控訴人がその跡地に本件建物を建築したこと、昭和四〇年九月一三日本件土地につき仮換地の指定があり、これに伴つて本件建物も仮換地上に移築されたことは、いずれも当事者間に争いがない。しかして、控訴人が本件土地を、被控訴人が旧建物を取得した経緯等に関する当裁判所の判断は、原判決一〇枚目―記録三一丁―裏二行目から原判決一三枚目―記録三四丁―裏八行目までと同一であるからこれを引用する。<以下略>

二そこで、本件土地ないしその仮換地についての被控訴人の占有権原につき検討するに、控訴人が被控訴人を相手取つて提起した建物収去土地明渡請求事件(横浜地方裁判所昭和三一年(ワ)第二八二号)において、昭和三二年四月一七日、「(1)控訴人は被控訴人に対し、昭和三二年四月一日から満七ケ年本件土地を普通建物所有の目的で賃貸する。但し、本件土地に関し都市計画の公示ありたるときは控訴人及び被控訴人双方の間に改めて本件土地の賃貸借関係を協議して決定する。(2)賃料は一ケ月二〇、〇〇〇円とし、被控訴人は毎月末日限りその月分を控訴人方に持参若しくは送付して支払う。(3)被控訴人は控訴人に対し権利金三〇〇、〇〇〇円を支払う。」等を内容とする調停が成立したことは当事者間に争いがない。

三控訴人は、これに対し、右調停によつて成立した賃貸借契約は借地法の適用のない一時使用を目的とするものであると主張し、その理由として、控訴人に長期間賃貸する意思がなかつたことのほか、七年の期間内に本件土地につき都市計画の実施されることが予定されていたこと、本件土地の仮換地地区が防火地域の指定を受けており普通建物所有を目的とする賃貸借が換地には及ばなくなること等を挙げている。そこで右賃貸借契約が一時使用を目的とするものであるか否かについて検討する。

1 まず、調停や裁判上の和解によつて土地の賃貸借契約が締結された場合には、それが確定判決と同一の効力を有することから約定どおりの効力を認めるべきであつて借地法の適用はないとの見解もあるが、賃貸借契約が調停や裁判上の和解によつて締結されたとの一事をもつて借地法の適用が排除されるものと解すべきではなく、もし右賃貸借契約において二〇年よりも短い賃貸期間が約定されたような場合には、対象たる土地の利用目的、地上建物の種類、設備、構造、賃貸期間その他諸般の事情を総合的に考慮し、賃貸借当事者間に短期間に限り賃貸借を存続させる合意が成立したと認められる客観的、合理的な理由が存在するときにのみ、右賃貸借契約は借地法九条にいう一時使用を目的とする賃貸借に該当するものと解すべきである(最高裁判所昭和四三年三月二八日判決・民集二二巻三号六九二頁参照)。

2  かかる見地に立つて、控訴人が一時使用を目的とする賃貸借の理由として主張する前記事情についてみるに、本件の賃貸借契約が、前記のとおり、控訴人が被控訴人に対して提起した建物収去土地明渡請求事件を機縁にして締結されたものであつて、控訴人としては約定の期間が満了したときは当然に明渡しが得られると考えて調停の成立に同意したことは、原審における控訴人本人尋問の結果によつて容易に推認しうるところである。しかしながら、控訴人主張の前記事情には次のような疑義をまぬかれることができないものである。すなわち、(1)調停成立当時、控訴人主張の都市計画なるものが、賃貸借の期間を確定的なものとして決定しうる程度までに具体化していたとか計画の予測が可能な状態に達していたことを認めうべき証拠はない。<証拠>によつて明らかなように、藤沢市役所発行の昭和三四年一月一〇日付広報のうえでも、都市計画の試案がまとまつたのが、本件調停成立の約一年半後である昭和三三年暮れであつて、昭和三四年中に利害関係者の意見きき正式認可を得たうえで具体的な事業に着手する予定であることが報ぜられているにとどまる。もつとも、右のような事情があるため、多少の余裕をもたせて都市計画がなされるまでの期間を最大限七年と予測し、これを賃貸期間としたとも解しえないではいが、後述するとおり、調停条項のうえでは、都市計画は七年の期間とは直接関係がない体裁となつているのであるから、右のような解釈はなりたちえない。(2)控訴人の代理人として調停に関与した弁護士小原一雄は、当審における証人尋問で、七年の賃貸期間が決まつた経過について、「控訴人は最初は全然貸すことができないということで調停に応ずる気持すらなかつたが、私の方で説得して(賃貸期間を)一年、二年と譲歩させ、最初は一〇年位といつていた被控訴人も段々譲歩して七年まできたがそれ以下は絶対に駄目だというので、控訴人を説得して承知させた」旨を述べており、都市計画が七年の賃貸期間を決める決定的な動機となつた形跡はうかがわれない。むしろ、右供述によると、同弁護士は都市計画が七年の期間内にされることを予測していた様子さえうかがわれる。(3)調停条項は、本文で賃貸期間を七年と定めるとともにその但書で都市計画の公示があつたときは改めて賃貸借関係を協議して決定するというものであつて、かかる体裁に照らせば、七年の賃貸期間そのものは都市計画ないしその公示には関係なく決定されていることが明らかである。都市計画が賃貸期間を決定する要因となつているなら、より直截に「都市計画ないしその公示のときまで賃貸する」とか「都市計画ないしその公示があつたときは賃貸借の存続について改めて協議する」とだけ定め、具体的な期間にはとくに触れないのが通常であるといえよう(なお、被控訴人は、右の調停条項につき、都市計画による換地関係が判明するまでの期間をほぼ七年と想定し、その公示があつたときは具体的な見通しが可能となるので、そのとき改めて賃貸借関係を協議決定する趣旨であると主張し、被控訴人の代理人として調停に関与した弁護士加藤弘文は、当審における証人尋問で、右主張にそいかつ、賃貸借契約が都市計画による換地後も存続することを当然の前提とし、地代、権利金等の賃貸条件についてのみ協議して決定する約定であつたとの供述をするが、前記但書の文理からすれば、協議ができないか控訴人が継続して賃貸することに同意しない場合には賃貸借契約そのものが終了する趣旨と解するほかないから、右のような解釈は失当といわなければならない)。(4)調停で決められた七年の賃貸期間は、それ自体としてみても比較的長期のものであるのみならず、期間満了と同時に建物を収去して土地を明け渡す旨の条項も存在しない。ところが、<証拠>によれば、本件調停では、被控訴人が賃料等の支払を怠つた場合には何らの通知催告を要せずして賃貸借契約が解除されるものとし、この場合には地上建物を収去して本件土地を明け渡す旨の条項の設けられていることが認められるのであつて、これと対比してみると、期間満了時の明渡しについては調停関係者が必ずしも大きな関心を有していなかつたことを意味するものと解しうる。建物収去土地明渡しのためには建物占有者の退去が不可欠の前提であるにもかかわらず、控訴人が調停の成立に際し一〇数名の出店者に対する建物退去土地明渡しの訴を取り下げていることは、控訴人自身も期間満了時の明渡しには拘泥しない態度であつたことを示すものである。(5)控訴人は、都市計画が実施されれば旧建物が収去されることから本件土地についての賃貸借契約が当然に終了し出店者の立退も実現するかのごとき主張をするが、従前の土地について権原に基づき使用、収益することができた者は、権利の申告をすることにより仮換地についても従前の土地についてと同様の使用、収益をしうることが法律によつて認められており(土地区画整理法八五条、九九条)、建物占有者はかかる使用収益権を前提にして土地の利用が認められるのであるから、右主張は失当というほかない。また、仮換地として予定されている土地が防火地域の指定を受けている場合でも、貸借条件の変更の必要が生ずることあるは格別、従前の土地について存した普通建物所有を目的とする賃貸借が仮換地には及ばなくなるという道理はないから、右のような防火地域の指定のあることが賃貸期間を七年とすることに影響したものとは考えられないし、実際にも右のような事情が調停において斟酌された形跡はうかがわれない。

このようにみてくると、控訴人が一時使用を目的とする賃貸借の理由として主張する事情には十分な根拠があるとはいいがたいが、さらに本件では次のような事情も看過されてはならない。すなわち、(6)本件の賃貸借契約は、前述した所有権取得の経緯からも明らかなように、もともと貸借関係のない控訴人の間で始めて成立したものであつて、従前の貸借関係を確認するとか、残存期間だけの賃貸借を認めるという余地は存在しない場合である。したがつて、賃貸期間についても、特別の事情がない限り新たな賃貸借契約の場合と別異に解すべき理由はない。(7)対象となつた土地利用の目的については、調停条項上普通建物所有であることが明示されており、しかも調停成立当時存在していた旧建物は、前記のとおり、控訴人が本件土地を買い受ける以前から店舗として使用され、一〇数名の出店者が所有者から賃借して営業していたのであつて、臨時設備その他の一時的な利用のための建造物の所有を目的としたものとみるべき余地はない。(8)本件の賃貸借契約においては、権利金三〇〇、〇〇〇円が支払われ、また賃料も月二〇、〇〇〇円とすることが定められているが、<証拠>によれば、ほかにも被控訴人が旧建物の所有権を取得して本件土地の占有を始めた昭和三一年二月二五日から賃貸期間開始の前日たる昭和三二年三月三一日までの損害金として一三〇、〇〇〇円の支払が約定されていることが認められるし、とくに賃料は、前記のとおり控訴人の夫が旧建物でのデパート経営を目的とする株式会社神中の代表取締役をしていた当時賃料として弁済供託していた二、〇〇〇円と比較すると一挙に一〇倍に値上げされており、地主たる控訴人の利益についても十分な配慮がなされている。<証拠>によれば、調停の成立に際しては、担当の調停委員を含めた調停関係者の間で調停条項と借地法との関係について十分な配慮がなされていなかつた様子がうかがわれ、少なくとも借地法の適用を排除するとの明確な約定が成立したことを認めるべき証拠はない。

3 以上みてきた事情を総合して考えると、本件の賃貸借契約においては、普通建造物所有を目的としながら賃貸期間を七年とするとともに都市計画の公示があつたときは右期間内であつても存続の可否を含めた賃貸借契約そのものについて改めて協議して決定することが約定されたことになるのであつて、右七年の期間が控訴人主張のごとく明渡しの猶予期間と解する余地はないのみならず、控訴人の主観的な意思はともかく、被控訴人との間で短期間に限り賃貸借を存続させる合意が成立したと認めるべき客観的、合理的な理由があるともいえないから、本件の賃貸借契約が借地法九条にいう「臨時設備其ノ他一時使用ノ為借地権ヲ設定シタルコト明ナル場合」に該当するものということはできず、したがつて一時使用を目的とする賃貸借であるとの控訴人の主張は失当であるということになる。

四このようにして、本件賃貸借契約は、普通建物所有を目的として締結されたものであつて、一時使用を目的とするものではないことになるから、賃貸期間については借地法二条二項所定の二〇年を下ることが許されないのはいうまでもなく、したがつて、これを七年と定めた部分及び都市計画の公示があつたときは改めて賃貸借関係を協議すべきものとするとともに協議できないか控訴人が賃貸借の存続に同意しないなどその意思いかんによつては賃貸借契約そのものが終了する余地を認めた部分は借地権者たる被控訴人に不利益なものとして借地法一一条によりこれを定めざりしたものとみなすほかはない。しかして、約定が無効な場合の賃貸期間については借地法二条一項が適用されることになるから(最高裁判所昭和四四年一一月二六日判決・民集二三巻一一号二二二一頁参照)、本件賃貸借契約はなお有効に存続していることになり、控訴人は本件土地ないしその仮換地について占有すべき権原を有することになるので、賃貸期間の満了により右権原が消滅したことを理由とする控訴人の本訴請求はすべて失当といわざるをえない。

五よつて、被控訴人が本件土地及びその仮換地につき借地権を有しないことの確認を求める本訴請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し、本件土地の仮換地上に存する本件建物の収去及び右土地の明渡しを求める当審での新請求を失当として棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(吉岡進 兼子徹夫 太田豊)

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